神奈川県大磯町の古墳


釜口古墳 【管理人推薦】

 県史跡。大磯町大磯、国道1号線化粧坂バス停から、西へ配水池をめざして登っていくと、道沿いに標識があります。小円墳で墳丘はほとんどありませんが、横穴式石室が地表面下に築かれているため、意外に大きな石室が完存しています。玄室長2.92m、幅2.64m、高さ2mの両袖式で、奥壁と天井は巨大な一枚石、側壁は持ち送った切石の切り組み積み、床面には切石が敷き詰められて居ます。周辺ではずば抜けて見事な構造の終末期古墳です。

石室正面

右側壁の切り組み積み

玄室奥壁と天井は1枚石

奧から玄門部

前谷原北横穴墓群

 大磯町大磯、釜口古墳から、車止めを越えて、さらに配水池をめざして進むと、道が崖にそって右へカーブするところがあり、その崖面に横穴が1基開口しています。加工面の粗い、ドーム形の横穴です。全部で4基あるそうですが、他は茂みのためわからず。

 

後谷原南横穴墓群

 大磯町大磯、前谷原北横穴から左の谷間へ下っていくハイキングコースがあり、100mほどで、右側の崖面の上中下三段に9基の横穴が開口しています。平面形が逆台形で、天井はアーチ形をしています。

石切場横穴墓群

 大磯町大磯、後谷原南横穴からさらに5分で、前方に異様な姿の横穴群が見えてきます。小田原城築城の際に採石で崖が平らに削られ、横穴墓が断面状態で露出してしまっています。全部で11基からなり、天井はほとんどがアーチ形をしています。なお、ここまでのハイキングコースは荒れていて、ちょっと危険ですのでご注意。

楊谷寺谷戸横穴墓群 【管理人推薦】

 県史跡。大磯町大磯、位置的には石切場横穴群の西100mくらいですが、道はかなりわかりづらいです。西側の斜面をのぼった住宅街の道路を右へ進み、ハイキングコースを5分ほど登った道沿いにあります。21基の横穴が上下二支群に分かれていて、支群の中でも上下二段に分かれています。ほとんどがアーチ形ですが、下支群の下段右端の11号墓は天井が切妻形の屋根を型どっており、玄門もきちんと造られた群中では最古の横穴と考えられています。

下支群

ほとんどがこのようなアーチ形

11号墓の奥壁

11号墓奧から玄門部、心霊写真ではありません

 上支群は斜面のすぐ上に位置します。下段右から二番目の5号墓は屋根の表現は退化したものの、家形の名残が残っており、11号墓についで築かれたと考えられています。右隣りの7号墓、左上の4号墓は完全に退化したアーチ形の複室構造で、後室の入口が壁を四角くくり抜かれています。4号墓では、扉をはめ込むための溝も残されています。横穴墓の構造の変遷が見て取れる貴重な横穴墓群です。

上支群、下段右端が7号墓、左に5号墓、

5号墓、11号墓の次に築造

5号墓の左上にある4号墓

7号墓

庄ヶ久保横穴墓群

 県史跡。大磯町国府本郷、大磯城山公園の北1km、信号交差点を直進し、狭い町道を進んだ左の畑の奧の崖面に、9基の横穴墓が残っていて、うち、8基が開口しています。左端の1号墓はアーチ型の玄室の奧壁に、床から0.64mの高さの位置に、アーチ型の穴が開いており、その奧に奥行き0.92m、幅1.5mの棺室が設けられた特異な構造をしています。棺室の前には、蓋をはめ込んだと見られる溝も残っています。右端から二番目の8号墓には線刻で人物像が描かれています。奥壁には、上半分に五人の人物の顔が描かれていますが、明瞭にわかるのは三人分です。右側壁にも三人の人物が描かれていて、特に中央の人物は、冠を被っているように見えます。

横穴墓群の現状

1号墓、奧に棺室がある

8号墓

8号墓奥壁の人物の顔の線刻画

8号墓右側壁の人物画像


<ホームへ戻る>

 

inserted by FC2 system