群馬県太田市の古墳


塚廻り4号墳 【管理人推薦】

 県史跡。太田市竜舞、国道122号線竜舞交差点の北東500mの水田地帯の中にあります。7基発見されましたが、すべて水田の下に埋まっていて、現在4号墳と3号墳の一部が復元されています。4号墳は全長22m、後円部径18mの帆立貝式古墳ですが、後円部にのみ盛り土がありました。主体部は箱式石棺が二ヶ所から見つかっています。この古墳を有名にしているのは、墳丘に並べられた見事な形象埴輪群です。墳丘の形に沿って円筒埴輪、朝顔形埴輪で区画を築き、後円部には家形埴輪、大刀・盾形埴輪、前方部には人物、馬形埴輪が配列されています。これらの形象埴輪群は造形が素晴らしく、資料価値も高いため、重要文化財に指定されています。

復元された4号墳の墳丘と埴輪群

前方部の人物埴輪群

天神山(男体山)古墳 【管理人推薦】

 国史跡。太田市内ヶ島字天神にある五世紀中頃、東日本最大の前方後円墳です。県道2号線が周濠を横切っています。全長210m、後円部径120mの墳丘に広大な馬蹄形周濠が二重に巡り、墓域は364m×288mにも及びます。墳丘は三段築成で、河原石の葺石で覆われています。北東と西に陪塚があります。石棺の一部が転落しているということでしたが、発見できませんでした。

 

女体山古墳 【管理人推薦】

 国史跡。太田市内ヶ島字女体、天神山古墳の東にあります。全長106m、後円部径84mの帆立貝式としては、乙女山古墳に次ぐ規模です。周濠が巡り、葺石、円筒埴輪が確認できます。主体部は不明ですが、五世紀中頃、天神山に先行する首長墓と考えられます。

 

巖穴山古墳 【管理人推薦】

 市史跡。太田市東今泉大道西752、太田福島総合病院の北500mの畑の中にあります。太田地域で前方後円墳が造られなくなった後、最初に築かれた一辺36.5mの方墳で、周堀が確認されています。葺石、埴輪はありません。複室構造の横穴式石室が南に開口。羨道部は側壁の一部しか残っていませんが、前室、後室は完存。全長13.4m、後室長5m、幅2m、高さ1.8m、前室長2.5m、幅1.7m、高さ1.7mの両袖式で、各室は袖石と見上げ石で区切られています。チャート(一部凝灰岩)の自然石乱石積みで、七世紀中頃の終末期古墳です。

南より

前室から後室の玄門部

後室奥壁、床には礫が敷かれている

後室から外

菅ノ沢御廟古墳

 太田市東今泉町、太田福島総合病院の西200mの赤城神社境内にあります。径30mの円墳で、社殿裏に石室が開口していますが、羨道部は崩壊し、天井石がくずれかかっています。残存長4.5m、幅1.9m、高さ1.5mの規模で、チャートを乱石積みしています。

石室開口部

玄室奥壁

今泉口八幡山古墳

 太田市東今泉町、菅ノ沢御廟古墳のすぐ南にあります。全長56mの前方後円墳で、後円部に横穴式石室がありますが、奧壁付近だけが残っています。かなり床が埋まっていますが、巨石を使用した大型の石室で、本来は玄室長5.7m、幅2.2m、羨道長4.8m、幅1.3mの両袖式です。家形石棺があるそうですが、おそらく埋まってしまっています。

墳丘、後円部

石室は奧壁付近のみ残存

亀山古墳

 太田市鳥山上町、県道78号線沿い菅原神社境内にあります。全長58m、後円部径31mの前方後円墳で、二段築成、周囲に周溝らしい痕跡があります。五世紀後半の築造と考えられます。

 

鶴山古墳

 県史跡。太田市鳥山上町、亀山古墳の西300mにあります。全長102m、後円部径41mの前方後円墳ですが、前方部は開墾されて、低平化しています。周溝が巡っていたと推定されます。主体部は後円部墳頂にある竪穴式石室で、石室内外から多数の鉄製品、石製品が見つかりましたが、装身具が全く出土しなかった謎の古墳です。亀山古墳に先立つ五世紀後半の築造です。

 

二ツ山古墳群 【管理人推薦】

 県史跡。太田市新田町天良の農地の真ん中に2基の前方後円墳が近接して並んでいます。北側の1号墳は全長74mの前方後円墳で、周溝の痕跡があります。後円部に横穴式石室が南南西に開口、全長7m、高さ2.1mの無袖式で、自然石乱石積み。奥壁は一枚石で保存状態も良好です。前方部にも石室があったようですが、石材が一部露出している程度で、内部の状態は不明です。過去の調査で、多数の円筒埴輪、形象埴輪の配列が明らかになり、貴重な資料となりました。終末期の築造です。南に隣接する2号墳は全長65mの前方後円墳で、後円部に全長7mの横穴式石室があるはずですが、現在は埋もれてしまっています。

1号墳

1号墳後円部石室の開口部、狭いです

1号墳後円部石室玄室奥壁

1号墳後円部石室奧から外

1号墳前方部石室の一部と思われる石材

2号墳

西山古墳

 県史跡。太田市薮塚本町薮塚3519、東武薮塚駅の北東500mの丘陵上にあり、近くには木枯らし紋次郎の三日月村もあります。全長34mの前方後円墳で、後円部に横穴式石室が開口しています。コンクリートと支柱でガチガチに補強されていて、かなり興醒めですが、全長5.8m、幅2.2m、高さ1.5mの無袖式で、六世紀後半の築造です。

古墳の現状、まるで掩体のようです。標識多すぎっ!

石室内部

玄室奥壁

奧から外

北山古墳 【管理人推薦】

 県史跡。太田市薮塚本町薮塚、西山古墳の北東500m、薮塚温泉北側の南斜面にあります。径22mの円墳で、横穴式石室が南に開口。全長6.2m、玄室長3.1m、幅1.9m、高さ2.5m、羨道長3m、幅0.9m、高さ0.9mの両袖式で、玄室は胴張り状、側壁は持ち送りが見られます。玄門の見上げ石が印象的で、羨門もきっちりつくられています。七世紀前半頃の築造と思われます。とても保存状態の良い古墳ですが、薮塚温泉の旅館主が私財で土地を購入し、県の史跡指定後に町に寄贈したらしい。このような事実は長く顕彰していただきたいですね。

保存状態の良い墳丘と石室、標識多すぎっ!

羨道

玄室奥壁、見事な1枚石

奧から玄門、見上げ石がでかい


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