佐賀県佐賀市西部(旧大和町)の古墳


風楽寺古墳・風楽寺南古墳

 佐賀市大和町池上字二本松1983、集落の東、地福寺の北側の農地の中に墓地となった墳丘が2基南北に並んでおり、北側が風楽寺古墳です。全長46m、後円部径28mの前方後円墳ですが、墓地としてかなり改変されています。四世紀後半の築造です。

  南から、右が後円部

  前方部から後円部

 南の方に見えている風楽寺南古墳は全長40m、後円部径30mの帆立貝式古墳とされてきましたが、1995年の測量調査の結果、偶々、帆立貝式古墳のような形に削られた円墳であることが判明しました。こちらは五世紀初頭の築造とされています。

 


導善寺古墳 【市史跡】

 佐賀市大和町池上字三本松1339、風楽寺南古墳の西の集落内にあります。現存長51m、後円部径42mの前方後円墳ですが、前方部は、かつて導善寺という寺が建っていたためにかなり削平されています。埋葬施設は箱式石棺だったと伝えられています。

 

  後円部


船塚古墳 【管理人推薦】【県史跡】

 

 佐賀市大和町久留間、老人ホームシオンの園の北側にあります。全長114m、後円部径63m、前方部幅62mの県下最大の前方後円墳で、三段築成。西側くびれ部に造出しがあり、周囲に盾形周濠が水田となって良好に残っています。墳丘には花崗岩円礫の葺石が認められ、後円部からは家形埴輪の破片が見つかっています。埋葬施設は未調査ですが、後円部の西側が明治時代に盗掘され、箱式石棺2基が出土したと言われています。五世紀前半の築造です。

  前方部から後円部

船塚古墳陪塚群

  後円部から北側を見る

 船塚古墳の北から東側にかけて、かつて11基の陪塚がありましたが、現在は7基が残されています。しかし、船塚古墳の墳丘上から確認できたのは6基でした。下の6基の画像は左から順です。もう1基は上のパノラマ画像のさらに右側らしかったですが見逃しました。


男女山古墳群

 佐賀市大和町久留間字男女山、船塚古墳の北西1kmの山腹にある男女神社周辺に分布する古墳群で、県遺跡地図では67基以上となっています。しかし、現地はほとんど果樹園となっており、見学できるのは、神社の前に保存されている1基くらいです。しかし、この1基は複室構造の横穴式石室が良好に残っています。全長約6m以上、後室は3×2×3mくらいの大きさで、羨道前部が崩れていますが、それ以外は完存。鏡石が巨大です。

佐賀平野を見下ろす立地、天井石が露出

反対側に石室開口、羨道から前室、後室

後室奥壁、巨大な鏡石

後室の玄門、奥壁上部の隙間から


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