京都府大山崎町・境野1号墳

乙訓最古の前期前方後円墳


●京都府大山崎町下植野 境野1号墳第6次

●2006年11月4日 現地説明会/大山崎町教育委員会生涯学習室

 旧乙訓地域の南端部に位置する、竹林の中の円墳4基と思われていたマウンド群で、国庫補助事業による範囲確認調査を行った結果、前期の前方後円墳であることがわかり、境野1号墳と命名されました。全長57m、後円部径32mの規模で、前方部から二段に並んだ円筒埴輪列と葺石が良好な状態で出土。構造や埴輪が大和の古墳と似ており、大和政権との密接な関係の下に築かれたことが想定されます。現地は淀川が天王山と接する交通の要衝で、戦国時代には山崎の合戦が行われた場所です。当然、被葬者も、この重要な場所を納めた人物と言うことができましょう。

前方部の円筒埴輪列と葺石

前期古墳に特徴の副葬品


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