桜井市安倍地区の古墳


文殊院西古墳(14-B-150) 【管理人特選】

 国特別史跡。桜井市阿部の安倍文殊院境内にあります。現状では墳形は不明ですが、径20m以上の円墳か方墳です。表面を研磨された花崗岩切石積みの整美な横穴式石室が南に開口しています。全長12.5m、玄室長5.1m、幅2.87m、高さ2.7m、羨道長7.4m、幅1.9m、高さ2mの両袖式ですが、羨道はもう少し長かった可能性があります。羨道は両壁とも4個の巨石を一段積みし、奥ほど幅が広くなり、入口付近で、天井が一段高くなっています。入口部には溝があり、閉塞施設があったと考えられます。玄室は側壁、奥壁ともブロック状の石材を互の目積みし、側壁3カ所で模擬線を入れて一個の石材を二個に見せかけています。天井は巨大な一枚石でやや内湾させています。横穴式石室としてはもっとも完成された、美しい石室で、一生に一度は見ておくべきでしょう。

石室正面

羨道

玄室

玄門

中央の石材に模擬線が刻まれている

巨大な天井石、内湾させて水漏れを側壁に逃がしている

文殊院東古墳(14-B-51) 【管理人推薦】

 奈良県史跡。桜井市阿部、安倍文殊院境内にあります。墳形は不明で、南南西に大型の横穴式石室が古くから開口しています。全長13.0m、玄室長4.69m、奥壁部幅2.29m、玄門部幅2.67m、高さ2.6m、羨道長8.31mm、玄門部幅1.75m、羨門部幅2.04m、高さ1.5mの両袖式で、羨道、玄室ともに奥へいくほど幅が狭くなっており、遠近感を演出しています。花崗岩の巨石を使用していて、玄室は自然石、羨道は切石を使いわけています。

石室正面

羨道部側壁

羨道、古くから井戸が掘られている

玄室

谷首古墳(14-B-63) 【管理人推薦】

 奈良県史跡。桜井市阿部、墳丘が八幡神社になっています。東西35m、南北38m、高さ8.2mの方墳で、墳丘東側に丘尾切断した空濠が見られますが、西側は神社のため改変されています。花崗岩の巨石で築かれた大型の横穴式石室が南に開口しています。全長14.8m、玄室長6m、幅2.8m、高さ4m、羨道長7.8m、幅1.7m、高さ1.8mの両袖式で、奥壁は巨石二段積み、玄室天井も巨大な二石で構築されています。石室内には礫が敷かれ、凝灰岩の石棺の破片も見つかっています。六世紀末〜七世紀初めの築造です。

巨大な天井石

コロコロ山古墳(14-D-82) 【管理人推薦】

 桜井市阿部、メスリ山古墳の北側に隣接する一辺30mの大型方墳でしたが、区画整理のため、すぐ東側に移築されています。横穴式石室は天井石を失っていましたが、全長11m、玄室長5.5m、幅2.2m、高さ2.8m以上、羨道長5.5m、幅1.4m、高さ2m以上の両袖式で、玄室床面には平らな川原石を敷き詰め、その上をさらに七〜八世紀の追葬面が覆っていました。六世紀末頃の築造で、安倍地区の巨石墳の中では最初に築かれた古墳と考えられます。

左の巨石は天井石か?

羨道部

玄室奥壁、本来は二段積みか?

玄門

徳利塚古墳(14-D-193) 【管理人推薦】

 桜井市高田黒松、メスリ山古墳の南にあるため池から南へ山を登っていき、産業廃棄物処分場に突き当たったら、手前右側の谷間へ降りていくと、処分場に隣接して、石室が開口しています。全長約6m、玄室長3.7m、幅1.9m、高さ2.2m、羨道長2.3m、幅1.5m、高さ1.8mの規模で、花崗岩の巨石を使用しています。玄室は完存していて、中には花崗岩製の石棺身が残されています。2.5m×1.34m×1.15mの大きさで、自然石を余り加工せずに仕上げています。現在、羨道の天井石が落下して、内部に入りにくくなっていますが、落下したのは、けっこう最近らしいです。

石室正面

花崗岩製の石棺身

玄室奥壁

奥から外

秋殿南古墳(14-B-176) 【管理人推薦】

 奈良県史跡。桜井市浅古、浅古交差点の北東300mの山裾にあります。丘陵南斜面をカットして築かれた一辺24mの截頭方錐形方墳で、大型の横穴式石室が南に開口しています。全長11.2m、玄室長4.6m、幅2.3m、高さ2.3m、羨道長6.6m、幅1.7m、高さ1.4mの両袖式で、羨道は一段、奥壁は二段積みです。一部に表面を磨いた巨石を使用し、時期的には谷首古墳の次、岩屋山古墳の前の世代で、七世紀初め頃の築造と見られます。

石室正面

一段積みの長大な羨道

玄室奥壁

玄門部

こうぜ古墳(14-B-182) 【管理人推薦】

 桜井市浅古、秋殿南古墳の東の尾根先端にあります。かつては秋殿東古墳として知られていましたが、近年の発掘調査の結果、東西2基の横穴式石室をもつ全長50mの前方後円墳である可能性が高いことがわかり、改めてこうぜ古墳と命名されました。元・秋殿東古墳である西石室は南に開口し、全長11m、玄室長5.2m、幅2.8m、高さ2m以上、羨道長5.8m、幅1.4mの両袖式で、床面が少し埋まっていそうです。東石室は南東に開口し、全長9.65m、玄室長4.85m、幅2.3m、高さ2.5m、羨道長4.8m、幅1.5mの両袖式で、西石室よりは石材がやや小ぶりですが、規模、構造ともよく似ています。秋殿南古墳と違って自然石を使った持ち送りのある構造で、六世紀後半の築造と考えられます。背後の尾根上と東石室の前にそれぞれ小円墳の2、3号墳があります。

背後の2号墳からみた墳丘、右側が旧秋殿東古墳

西石室

西石室奥壁

西石室玄門部

東石室

東石室奥壁

東石室玄門部

東石室前で検出された3号墳


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