香川県さぬき市北部の古墳


諏訪山古墳

 さぬき市造田乙井、県道37号線と141号線の交差点西側にある小高い独立丘陵の頂上に諏訪神社があり、その社殿裏にあります。北東の乙井橋近くから登り道があります。径15mほどの円墳で、横穴式石室が開口しています。羨道の前側は半壊していますが、玄室は完存。玄室長4m、幅1.5m、高さ2mほどの右片袖式で、古式の様相を見せています。丘陵斜面の林の中にもいくつか古墳があるようです。

石室開口部

羨道

玄室奥壁

奧から


大井七つ塚古墳群 【市史跡】

 さぬき市富田西699-1、大山牧場の東200m、とおる化成の敷地内に4、5号墳、東に離れて1、2、6、8号墳が史跡公園内に保存されています。他に未整備の場所に3、7号墳があるらしい(未訪問)。また、さらに西側にかつて4基の古墳が存在していたと言われてます。五世紀後半〜六世紀初頭に築かれた径10〜20mの円墳群で、4号墳は調査の結果、4基の竪穴式石室が見つかりました。この古墳群は土地のオーナーさんが復元整備したそうです。オーナーの鏡ですね。

西端の5号墳

5号墳となりの4号墳

東に離れて1号墳

2号墳

6号墳

8号墳


奧3号墳復元石室

 大井七つ塚古墳群の西に隣接して、奧3号墳の竪穴式石室が復元されています。元、雨滝山西の丘陵頂部に存在した前方後円墳で、全長37m、後円部径22m。主体部は主軸に直交する竪穴式石室と箱式石棺です。石室内には粘土床に木棺が納められ、三角縁神獣鏡などが出土しました。鏡は椿井大塚山、黒塚と同范で、これらと同時期の築造と考えられます。箱式石棺には熟年女性が葬られていました。

道路沿いにある

墳丘の模型、後円部は楕円形

竪穴式石室

竪穴式石室内部


緑ヶ丘古墳群

 さぬき市昭和、隣の三木町との境界近くの県道37号線南側の集落中程にあります。2号墳は市道西側の墓地そばにある径14mの円墳で、横穴式石室が露出しています。天井石をほとんど失っていますが、全長6m、玄室長約3m、幅1.5mの右片袖式で、小型の石材を積み上げています。すぐ南側の道路沿いに4号墳があります。羨道の天井石が露出しているそうですが、確認できませんでした。

2号墳

2号墳玄室

2号墳奧から

 新しくできた説明板に4号墳の場所が記されましたのであらためて訪問。2号墳の南西30mの山裾にありますが、墳丘は完全に薮に覆われていてわかりにくいです。薮の中に横穴式石室の天井石が露出しています。ところで、説明板の最後の方、「文」の字が抜けています。

 

4号墳墳丘、完全に薮の中

4号墳石室


陰浦古墳

 さぬき市昭和緑ヶ丘、緑ヶ丘古墳群の北100mほどの市道に標識があり、そこから西の細い谷間へ300m登っていくと、ビニールハウスの骨組みが放置されています。その北隣りの斜面にあります。横穴式石室の下半分が露出していますが、現状は荒れ放題で、雑草に石室が完全に隠されていて、探すのにかなり苦労しました。撮影のために20分くらいかけて、草刈りしましたが、それでも、やっと、この程度です。現存長4m、幅1mほどの規模で、谷間の奧の見通しがきかない場所になぜか築かれています。七世紀後半の築造です。

玄室奥壁方向

奧から


富田茶臼山古墳 【国史跡】

 さぬき市旧大川町冨田中3402-3、道の駅みろくのすぐ北、県道133号線が周溝を横切っていて、後円部上に妙見神社が鎮座しています。全長139m、後円部径91mの四国最大の前方後円墳で、三段築成、周囲に盾形の空堀が巡っています。さらに周庭帯も存在していたようです。かつて、後円部上から竪穴式石室の天井石らしい石材が見つかっています。出土した円筒埴輪から五世紀前半の築造と考えられ、古墳時代中期の典型的な首長墓です。過去の調査で、周囲に3基の陪塚が見つかっています。

 

後円部

後円部から前方部


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