京都府精華町・井手町・和束町の古墳


鞍岡山古墳群

 精華町下狛、JR下狛駅南西の鞍岡神社のある丘陵上にある5基からなる古墳群で、2、3号墳が開発に先立ち調査されています。2009年に調査された2号墳は30m×20mの中期の円墳で、主体部は7.4m×3.4m×1.6mの巨大な墓壙に二基の割竹形木棺が並べて埋葬されていました。西棺は長さ6mで、盗掘のため副葬品はなく、棺外に鉄剣が五本並べられていました。東棺は長さ5m、未盗掘で、国産の青銅鏡、管玉、勾玉が副葬されていました。また棺外には臼玉、勾玉、ガラス製小玉が置かれていました。これらの副葬品の状況から、西棺は古墳の主で武人として活躍した男性、東棺は女性が被葬者と考えられます。

右が東木棺

手前右側に青銅鏡、奧に鉄剣

東木棺から出土した国産青銅鏡

西木棺外に置かれていた鉄剣

 2004年に調査された3号墳は四世紀末頃の径40m、高さ6.5mの南山城最大の円墳で、段築はなく、まんじゅうのように丸い斜面を地山を削りだして造られています。墳丘表面を粘土で覆い、そこに川原石を差し込んで葺石としているので、葺石の保存状態がかなり良好でした。墳頂には大きな盗掘坑がありましたが、粘土槨はかなり遺されているとみられ、今後主体部の調査が待たれます。墳頂部には円筒埴輪列の基底部が現位置で残っていました。また、墳丘北側の平坦部にひょうたん型の島状遺構を検出。高さ30cmくらいで低い墳丘と葺石が施されています。巣山古墳と類似しており、何らかの祭祀の施設と考えられます。内容、保存状態ともに優れた注目すべき古墳です。

丸い墳丘に保存の良い葺石

墳頂部の盗掘坑

円筒埴輪列、これも保存がよい

これが瓢箪型島状遺構

丸山古墳

 精華町南稲八妻、精華町役場のすぐ南東にあります。現状で径100mの大円墳に見えますが、全長235mの大型前方後円墳という説もあり、未調査なので真相は不明です。野見宿禰の墓との伝承があります。なお、現在の役場北駐車場あたりにも、かつて前方後円墳の痕跡を思わせる地割りがありました。

 


椋ノ木遺跡

 精華町下狛の木津川上流浄化センター敷地内の地下に埋もれていた古墳群で、2011年度までの10次に渡る調査の結果、合計7基の中期の円墳が見つかりました。すべて南北にほぼ一列に並んでおり、周溝に須恵器、土師器がまとめておかれていました。

SX1

 

SX2、南側は破壊

SX3

SX4、いびつな円墳?

古墳2

古墳3


南開古墳

 井手町井手南開、特別養護老人ホームいでの里の南200mの竹林の中にあります。墳丘は原型を留めておらず、墳丘上には橘諸兄公旧趾の石碑が建っています。

 


坂尻古墳群

 和束町撰原逆尻、和束川沿いに走る県道5号線から坂尻集落を南の山中へ登っていくと、右側の丘陵先端の山林の中に2基の後期古墳が隣接して残っています。林道沿いの1号墳は、径12mの円墳で、墳丘がかなり流失し、横穴式石室の天井石が露出しています。石室は奥壁側が開口していて、現存長3.7m、幅1.5m、竪穴系横穴式石室ですが、羨道側は埋まってしまっています。

石室天井石が露出

奥壁側が開口

玄室奥壁

奧から外

 隣にある2号墳は、径9mの円墳で、墳丘が半壊していますが、石室は良く残っていて、現存長3.7m、幅1.2mで、こちらも竪穴系横穴式石室ですが、羨道側が埋まっています。

半壊した墳丘

狭い開口部

玄室奥壁

奧から外


福塚古墳

 和束町園の天満宮参道の西側の畑にあります。径25mの円墳ですが、周囲をやや削られています。北東側に竪穴式石室が露出しているそうですが、薮に覆われてよくわかりません。

 


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