東京都世田谷区・大田区の古墳


砧中学校古墳群

 

 世田谷区成城一丁目10-1の砧中学校の敷地内に存在した古墳群です。五世紀前半頃に国分寺崖線上に築かれた8基の古墳からなりますが、現存するのは4号墳と3号墳の一部のみです。4号墳【区史跡】は、校庭の南に現状保存されています。径37mの円墳で、周溝が巡っていました。校庭の反対側に3号墳の一部が残っています。消滅した7号墳は全長65mの四世紀末の前方後方墳で、4号墳の前に築かれた、この地域の最初の首長墓でした。

4号墳の現状

4号墳墳丘

3号墳?


慶元寺古墳群

 世田谷区喜多見四丁目17-1、元々7基ありましたが、慶元寺境内に3〜6号墳の4基が保存されています。うち3基は本堂裏の庭園内にあり、普段非公開のため、見学できるのは1基のみです。本堂南側の観音像の裏に5号墳があります。径5mほどの円墳で、隣の建物にかなり削られています。そのそばの庭園の扉から内部を覗くと、マウンドが1基見えていて、これが6号墳と思われます。現状で径12mの円墳ですが、かつては隣りの4号墳とつながっていて、前方後円墳だった可能性があります。

かなり大きな寺

5号墳、反対側は削られている

庭園内の6号墳?


喜多見古墳群

 稲荷塚古墳 【区史跡】

 世田谷区喜多見四丁目7、慶元寺の門の前から北へ100m、稲荷塚古墳緑地の中にあります。径13mの円墳で、周溝が巡ります。七世紀初め頃の築造で、主体部は長さ6mの横穴式石室ですが、埋め戻されています。出土品は世田谷区郷土資料博物館に展示されています。

周囲の植栽は周溝を表現している?

墳丘

 天神塚古墳

 稲荷塚古墳の南50m、須賀神社境内にあります。径16mほどの円墳と思われますが、墳丘は大きく削られて、上に須賀神社の社殿が建っています。主体部は横穴式石室です。

 

 第六天塚古墳 【区史跡】

 天神塚古墳のすぐ南にあります。径28.6mの円墳で周囲にテラスと周溝が巡ります。主体部は礫槨と思われます。道路で少し削られています。

道路でやや削られている

墳丘


不動橋横穴墓群11号墓線刻画

  四角い枠内が展示されている部分

 世田谷区成城三丁目の国分寺崖線斜面に存在した横穴墓ですが、現在奥壁の線刻画の一部が、世田谷郷土資料博物館に保存されています。向かって右側に二人の人物像が描かれ、他にも鳥、動物、魚などの線刻が多数刻まれています。上側の人物は飾りの付いた大刀を持っています。

上側の人物像、大刀を持っている

下側の人物像、涙のような表現がある


荏原台古墳群

多摩川左岸の台地上に存在し、世田谷区野毛の野毛古墳群と大田区田園調布周辺の多摩川台古墳群とに分けられます。大型の前方後円墳、大小の円墳群、横穴墓群からなり、東京都を代表する古墳群です。

野毛大塚古墳 【管理人推薦】【国史跡】

 世田谷区野毛一丁目25、環状8号線沿いに史跡公園として整備されています。五世紀初め頃の帆立貝式古墳で全長82m、後円部径62m、前方部幅28mでさらに幅10mの方形張り出し部が付設されています。周囲には馬蹄状の空堀が巡り、斜面には川原石の葺石、テラスと墳頂には埴輪が認められます。墳頂には4つの主体部が発見されています。

等々力渓谷横穴墓群3号墓 【都史跡】

 世田谷区等々力1-22、大井町線等々力駅をおりてすぐの等々力渓谷を歩いて約5分のところにあります。渓谷崖面に掘られた3基が調査され、うち3号墳が保存されています。羨門部が泥岩の切石で構築されています。

御岳山古墳 【都史跡】

 世田谷区等々力1-18、等々力渓谷の南端に等々力不動があり、道路を挟んで、その門前にあります。径40mの円墳で、かつて七鈴鏡が出土しました。

 

亀甲山古墳 【国史跡】

 大田区田園調布一丁目63-1、東横線多摩川駅の西すぐにあります。ここから宝莱山古墳まで多摩川台公園として、古墳群が保存されており、古墳展示館もあります。全長107mの前方後円墳で未調査ですが、五世紀前半頃と見られます。後円部が浄水場で少し削られているのが惜しいです。

多摩川台古墳群 【都史跡】

 亀甲山古墳と宝莱山古墳の間に一列に築かれた小古墳群で前方後円墳1、円墳7からなります。このうち、前方後円墳である一号墳は、二号墳(円墳)をその前方部として再利用しています。調査された主体部はほとんど横穴式石室です。

 

宝莱山古墳 【都史跡】

 公園の西の端にある全長97mの前方後円墳で四世紀築造の群中最古野古墳です。亀甲山古墳とは前方部を向き合っています。かつて後円部が削平され、民家が立っていましたが、いまは公園化されています。主体部は粘土槨で、前方部がバチ形に広がっていました。

浅間様古墳 【区史跡】

 大田区田園調布四丁目33番地の民家の庭内にあり(鳥居が目印)、見学には所有者の許可が必要。多摩川を望む丘陵斜面に築かれた円墳ですが、現在北半分が宅地造成で埋もれています。切石積みの横穴式石室が開口していて、八幡様がまつられており穴八幡と地元では呼ばれています。七世紀中頃の築造で、大田区内では、唯一開口した横穴式石室です。


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