宮城県柴田町


炭釜横穴古墳群 【町史跡】

 柴田町大字四日市場字炭釜。町の東端、東北本線の北側の山麓を走る道路沿いにあります。古くから「エゾ穴」として知られていましたが、昭和44年に仙台空港工事のために採土され、現状では道路沿いに一部がかろうじて残存しています。終末期から奈良時代にかけて築かれました。

道路沿いに開口

横穴が上下に近接している

横穴内部、奥行きはない

崖っぷちで崩壊寸前の横穴


上野山古墳群 【町史跡】

 長窪山支群E

 上野山古墳群は、柴田町と村田町にまたがる上野山一帯に分布する大古墳群で、わかっているだけで314基あります。寺後支群A43基、同支群B7基、立石支群14基、日当山支群121基、長窪山支群64基、鹿野山支群65基に分かれます。長窪山支群Eは位置的には村田町になります。上野山山頂にある太陽の村から南西方向へ林道を1kmほど下っていくと、左側の林の中に鉄塔があり、そのすぐそばの薮の中に群中、もっとも状態の良い横穴式石室が露出しています。そこに石室があると知っていないと、まずわかりません。上部を失っており、玄室は胴張り状です。なお、林道が荒れているので、自動車で訪問するのは困難です。

鉄塔そばにある

横穴式石室露出

玄室奥壁

 寺後支群A

 上野山の麓、船迫中学校の正門から真っ直ぐ進むと、少し張り出した尾根に突き当たります。この尾根上に寺後支群A43基、同支群B7基があり、麓寄りがA群になります。標識周辺の林の中に、多数の古墳が密集していますが、ほとんどが石材が散乱している程度です。

支群の標識

石材散乱

石材散乱

石材散乱

石材が露出

石材散乱

 寺後1号墳         

 柴田町船岡の船岡城址公園内に横穴式石室が移築されています。基底部のみですが、平面形は良好に残っています。玄門には袖石が立てられ、羨門には閉塞石が残っています。玄門、奥壁などの標識が立てられていますが、はっきり言って邪魔です。

石室正面

玄室奥壁

玄室奥から玄門方向


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