三重県志摩市(旧阿児町・浜島町)、南伊勢町の古墳


志島古墳群

 志摩市旧阿児町志島の海辺の集落内に点在する古墳群で、元13基、現存4基ですが、初期の石室や、大型石室が存在し、注目に値します。

 ●おじょか古墳(志島11号墳) 【管理人推薦】【県史跡】

 志島集落の海蔵寺付近から東へ坂道を登った最高所にあります。見逃しやすいので注意が必要。墳丘は周囲を削られていて、墳形は不明。横穴式石室は板石を積み上げ、玄室は奥側が広くなる逆台形の平面形をしており、羨道は逆にハの字に開いています。床面には砂利を敷き詰め、奥壁には朱彩が見られます。壁の前に石障と思われる板石が見られ、九州の石室の影響を受けています。持ち送りが急で志摩地域では初現期の横穴式石室墳です。

 ●松本塚古墳(志島9号墳)

 おじょか古墳前の道を東へ150m進むと、北側の擁壁上に小さな林があり、その中にあります。詳細不明。石材が残っているそうですが、よくわかりません。

 ●上村古墳(志島10号墳)

 松本塚古墳のすぐ南の石垣下にあります。横穴式石室の一部と石棺が残っていますが、石垣に紛れて、実体がよくわかりません。推定全長12mの両袖式で、本来はかなり大きな石室だったようです。

古墳の現状

組合せ式石棺

 ●塚穴古墳(志島4号墳) 【管理人推薦】【市史跡】

 上村古墳から、海側へ下って、海岸沿いに北へ200m進むと、海に突き出すように塚穴古墳があります。背の高い草に挟まれた海沿いの道の突き当たりに石室が開口しています。径18mの円墳で、横穴式石室は全長10m、玄室長8m、幅2.2m、高さ2mの両袖式ですが、袖部はほとんどありません。小型の石材を積み上げていますが、海辺の崖っぷちに立地しているのに、保存状態がかなり良好です。六世紀後半の築造です。

海岸の崖上に立地

石室開口部

玄室奥壁、非常に細長い石室

奥から入口方向、石材が小さいのに持ち送りはほとんどない

 海蝕が進んで、いずれ石室が崩壊する可能性が出てきたため、2013年に発掘調査が行われてました。その結果、横穴式石室の床面を検出し、全長7.7m、幅2.2m、高さ2.5mの規模と判明しました。かなり埋まっていた玄門付近からは閉塞石が出土、床面には小型の礫が敷き詰められていました。玄室から鉄釘、鉄鏃、銅碗、鈴、耳環、勾玉、ガラス玉など豪華副葬品が出土しました。築造時期は出土した須恵器から六世紀末〜七世紀初頭と思われます。

周囲が伐採されて墳丘がよくわかります

石室入口、狭い羨道に閉塞石を検出

土砂が除去された玄室

玄室奥壁、床面にはまだ遺物が放置状態

玄門付近奧から、袖は狭い

出土品


目戸山古墳群 【7号墳が県史跡】

 7号墳が県史跡。志摩市浜島町浜島の海辺の段丘上に築かれた古墳群で、かつては15基あったそうですが、現存は6基だそうです。廃墟となったホテルの裏庭にある7号墳は径10mほどの円墳で、横穴式石室が唯一開口しています。全長7.2m、玄室長5m、幅1.8m、高さ2.1mの右片袖式で、玄室は持ち送りが急な古い形態を示しています。玄室天井も開口し、土砂が流入していますが、それ以外は良く残っています。ホテル入口右の林の中にも1基、円墳があります。なお、ホテルは現在閉鎖状態のため、7号墳の見学は困難となってしまいました。

石室正面

玄室

玄室奥壁

奥から
  林の中の小円墳


日和山古墳 【管理人推薦】

 南伊勢町(旧南勢町)礫浦の龍泉禅院境内にあります。英虞湾に突き出た半島の先端に築かれた現状で径9.5mの円墳で、現在、石室の前に薬師堂が建てられています。南志摩地域では最大の横穴式石室がほぼ完存。全長7.8m、玄室長5m、幅2m、高さ1.9m、羨道長2.8m、幅0.9m、高さ1.4mの両袖式で、腰石を基底に据えた上に小型の割石をやや持ち送りながら積み上げています。それにしても信仰の場とされていたからか、保存状態がすばらしいですね。六世紀後半の築造です。

石室前に薬師堂が建つ

羨道

玄室奥壁

玄室奥から


宮山古墳

 南伊勢町(旧南勢町)礫浦、龍泉禅院西側の丘陵上にあります。径11mの円墳で、西向きの崖っぷちに横穴式石室の石材が露出しています。調査によると、全長6.8m以上、幅2.2m、高さ1.6m以上の片袖式で、環頭大刀のほかにアワビやカキが副葬されていました。日和山古墳よりは新しいと思われます。


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