乙訓地域最後の古墳か?


京都府大山崎町白味才・白味才西古墳

 2012年5月19日 現地公開/大山崎町教育委員会

 共同住宅の建設に伴い、予定地を調査した結果、七世紀中頃の古墳が見つかりました。墳丘はほとんど残って居ませんでしたが、一辺10mほどの方墳と推定されます。主体部は小規模の横穴式石室が下側だけ残っていました。全長5.7m、幅1.2m、羨道幅0.8m、ほとんど無袖に近い両袖式です。古墳時代終末期としては大規模な石室であり、当時の乙訓地域の有力者が築いた最後の古墳と思われます。

古墳の残存状況

前側より

玄室奥壁

奧から


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