宮崎県高鍋町・持田古墳群北部


持田古墳群 【国史跡】

 

 高鍋町持田、国道10号線西側の標高50mの台地上に主に分布する大古墳群で、前方後円墳10基、円墳75基からなります(国道東側にも分布する)。五世紀前半に最大の前方後円墳である1号墳が築かれ、その後、六世紀前半まで造墓が続きます。群の北西端の台地縁辺に立地する1号墳(計塚)は全長120m、後円部径62mの前方後円墳で、県内でも屈指の規模です。東側の農地の中に2〜8号墳が点在しています。すべて円墳です。

1号墳、全長120mの前方後円墳

2号墳、径20mの円墳

3号墳、径18mの円墳

5号墳

6号墳

左が7号墳、右が8号墳、奧が1号墳

 さらに東側の農道交差点付近には9〜11、12-イ、20〜22号墳が分布します。すべて円墳です。

9号墳、径32mの大きな円墳

10号墳

11号墳、径12mの円墳

12-イ号墳、12号墳はなぜか二つある

19号墳

20号墳

 農道を東に進むと、北側に76号墳、南側に16〜18、27、28号墳があります。76号墳は帆立貝式古墳で、埋葬施設が二基ありました。

右から18、17、16、28号墳

76号墳、帆立貝式古墳

27号墳、径25mの大きな円墳

 広い農地の南側中央には15号墳(石舟塚)が聳えています。全長46m、後円部径24mの前方後円墳で、二段築成。後円部墳頂に阿蘇熔結凝灰岩製の舟形石棺がありましたが、現在は西都原考古博物館で展示されています。その南側の林沿いには12、14、13号墳が並んでいて、14号墳は全長41mの前方後円墳で、前方部が発達しており、六世紀後半、最後に築かれたと考えられています。12号墳は径15mの円墳、13号墳は径20mの円墳です。

15号墳(石舟塚)、右が後円部

15号墳出土の舟形石棺

12号墳

13号墳

14号墳、前方後円墳、左手前が前方部

 広い農地の東端近くの農道沿いに26号墳(山の神塚古墳)があり、この近くに案内図があります。全長46m、後円部径25.5mの前方後円墳で、複数回の埋葬の痕跡が有るそうです。前方部が発達しており、六世紀前半頃の築造とされています。その南側の農地に29、30号墳、そこから東の方の林の前に31号墳があります。31号墳は径26.5mの円墳です。

26号墳、前方後円墳

29号墳、円墳

30号墳、円墳

31号墳、円墳

 26号墳から東の方の奧の農地に50〜52、58、85号墳があります。ここから南の方の林の中にも多くの円墳があるはずです。

50号墳

右が58号墳、左が52号墳、奧に51号墳

85号墳、奧の林の中にたくさん古墳があるはず


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