兵庫県宝塚市東部・川西市の古墳


切畑群集墳1号墳(雲雀丘C北支群1号墳)

 宝塚市史跡。宝塚市雲雀丘山手1丁目、阪急雲雀丘花屋敷駅の北800m、生成幼稚園の正門横にあります。標高120m地点にあり、本来なら山の中の古墳なのでしょうが、このあたりは住宅がこんなところまで及んでいて、駅からここまで、ものすごく急な坂を登ります。径14mの円墳で、保存の良い横穴式石室が南に開口。全長8m、玄室長4.5m、幅1.7m、高さ2m、羨道長3.5m、幅1m、高さ1.2mの両袖式で、小型の石材で築かれています。現在は入り口が施錠されています。

右が生成幼稚園の正門

石室開口部

石室内部

奥壁

平井古墳群

 宝塚市切畑の山林内にA支群44基、B支群49基、平井山荘地区の住宅街の中にC支群2基が残されています。市内では最大の群集墳です。阪急山本駅から北の住宅地を登っていくと、平井山荘地区の最高所に小さな北公園があります。その背後の林の中にB支群が保存されています。最も保存の良い42号墳は、公園すぐ北にあり、小さな石室が開口しています。6.8m×1.1m×0.9mの規模です。背後の林の中に小円墳が密集していますが、石室の状態の良いモノはほとんどありません。A支群は、谷を隔てた東の斜面にありますが、相当のパワーがないと、たどり着くのは難しそうです。

42号墳

42号墳石室

その他の古墳1

その他の古墳2

その他の古墳3

その他の古墳4

長尾山古墳

 宝塚市山手台東一丁目の山手台南公園奧にあります。長尾山丘陵の見晴らしの良い尾根先端に位置し、2007年度の調査で、墳丘裾に設けられたトレンチのうち、くびれ部で葺石が良好に残っていて、円弧を描いていたため、前方後円墳とわかりました、また、前方部端にも葺石の基底石が残っていて、全長38mと推定できます。テラス面では埴輪の底が原位置で残っており、築造時期としては、東殿塚、玉手山3号墳と同時期の四世紀初頭と考えられ、猪名川流域では最古の前方後円墳であると判明しました。

前方部から後円部

後円部寄りのくびれ部トレンチ、円弧を描いていた

前方部寄りのくびれ部トレンチ

前方部の端、基底石がほとんど露出していた

 2010年度の調査では、北側クビレ部と後円部墳頂を調査。クビレ部から斜面の葺石と、テラス面の円筒埴輪列を良好に検出。墳形が確定し、後円部が二段築成であることがわかりました。後円部墳頂からは8.9m×5m×2mの巨大な墓坑と6.7m×2.7m×1mの粘土槨を検出しました。粘土槨は礫敷の上に良質の粘土で造られていて、腐った木棺の跡が陥没している以外は完存しており、当然未盗掘です。今後、内部の調査が待たれます。

北側くびれ部の葺石とテラスの円筒埴輪列

完存していた粘土槨

腐った木棺の分だけ陥没している

粘土槨の下の礫敷

山本奧古墳群C支群

 山本奧古墳群は、阪急山本駅の北側、長尾山古墳の東側の丘陵一帯に築かれた群集墳で、7支群28基からなります。C支群は1987年に調査され、七世紀初めの11基の古墳を検出。大きな石室から小さな石室へと変遷していったようです。古墳は破壊されましたが、横穴式石室がすべて、長尾山古墳のすぐ東の山手台南公園内に移築復元されています。斜面の上から順に紹介しますが、あとで画像を整理すると5号墳がない・・・。

1号墳、全長約5m、幅1.1m

1号墳奥壁付近

9号墳、奧に1号墳

11号墳、全長3.5m以上、幅0.9m

4号墳、全長5.5m、幅0.7m

4号墳奥壁

3号墳、全長3.3m、幅0.8m

10号墳、全長2m以上、幅0.6m

6号墳、全長3.2m、幅0.6m

7号墳、全長4m以上、幅0.7m

2号墳、全長4.5m、幅0.9m

2号墳奥壁

8号墳、全長4m以上、幅0.7m

公園内の様子


勝福寺古墳

 川西市火打の勝福寺裏山にあります。全長40mの前方後円墳で、主体部は後円部に北に開口する横穴式石室、前方部には2基の木棺直葬跡が検出されました。横穴式石室は6世紀前半頃の全長9mの右片袖式です。

後円部の横穴式石室

横穴式石室内部

前方部の2基の木棺直葬跡

 2011年度に墳丘の復元工事が完成し、あわせてフェンスや見学用の通路が整えられたため、それを記念して2012年に第1石室内が公開されました。また、後円部端に小型の第二石室も見つかっています。

後円部右側が復元された墳丘

羨道、段差がある

横穴式石室の玄室奥壁

石室奧から、右片袖式


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