福岡県久留米市田主丸町の古墳


田主丸大塚古墳群 【国史跡】

 久留米市田主丸町石垣の「山苞の道」沿いにあり、南側には大塚古墳歴史公園が整備されています。全長103m、後円部径60mの前方後円墳ですが、現在は後円部しか残っていません。六世紀後半の築造で、石室の入口部が見えているので、主体部は大型の横穴式石室と考えられています。造出し、周溝、列石が確認されています。

 


大塚2号墳

 久留米市田主丸町石垣の大塚古墳歴史公園内に整備保存されています。東西16.3m、南北13.3mの円墳で、主体部は複室構造の横穴式石室です。全長8.7m、後室長3.3m、幅2.2m、高さ3.1m、前室長1.3m、幅1.6m、高さ2m、羨道幅1.1mの規模で、後室は胴張りの平面形。持ち送りのある高い構造です。六世紀後半の築造で、七世紀代まで使用されました。石室は入口が施錠されています。

美しく整備された墳丘

石室入口

石室内部、照明付き

石室実測図


寺徳古墳 【管理人推薦】【装飾古墳】【国史跡】

 久留米市田主丸町益生田1305-2の県道沿いにありますが、いきなりあるので見逃し注意。径18mの円墳で、主体部は複室構造の横穴式石室が完存しています。全長10.4m、後室長3.3m、幅2.4m、高さ3m、前室長2.2m、幅1.9m、高さ2.2m、羨道幅1.5mの規模で、後室はやや胴張り、側壁は持ち送っています。後室奥壁の鏡石は2.15m×1.8mの巨石を使用しています。装飾は後室奥壁に同心円紋、円紋、三角紋、船、盾、両側壁に同心円紋、円紋など、袖石に同心円紋、三角紋など、前室両側壁に同心円紋、三角紋などが赤・緑色で描かれています。とくに奥壁、前室右側壁の同心円紋は大型で迫力のある表現です。六世紀後半の築造で、年一回公開されます。

 

県道沿いにあります

石室入口

前室から後室の玄門、右手前に仕切りがある

後室奥壁

後室奥から玄門

前室奥から玄門、羨道

後室奥壁の装飾、赤・緑色で同心円紋、三角紋、盾、船など

後室左側壁奧よりの装飾、円紋など

後室左側壁中央の石材の装飾、円紋と不明な紋様

後室右側壁奧よりの装飾、同心円紋など

前室右側壁の腰石、装飾はほとんど確認できない

左袖石前室側の装飾、赤・緑の多重同心円紋

左袖石通路側の装飾、赤・緑の同心円紋


中原狐塚古墳 【装飾古墳】【国史跡】

 久留米市田主丸町地徳2740、善院バス停の東300mの農地の中にあり、墳丘は失われ、複室構造の横穴式石室の石材が露出しています。石室は羨道前側と前壁の部分を覗いて良く残っていて、壁画も良好に保存されています。全長11.5m、後室長3.5m、幅2.9m、高さ3.5m、前室長1.8m、幅2m、高さ2.2m、羨道幅1.7m、高さ1.6mの大型石室で、後室はやや胴張り状、側壁を持ち送って高い天井を構築しています。壁画は後室奥壁、左右側壁、袖石、見上げ石、前室左右側壁、袖石、羨道側壁に赤・緑(青)色で、同心円紋、三角紋、靫、船、人物などを多数描いています。石室は2002年の筑後川流域の装飾古墳公開を最後に、閉鎖されています。

 

入口側から、2002年の最後の公開時

右側壁側から、玄門の上が開口

後室の玄門の装飾(説明板より)

後室の奥壁の装飾(説明板より)


隈3号墳 【装飾古墳】

 久留米市田主丸町中尾の五柱神社の南の墓地の上にありますが、場所はわかりにくいです。墳丘はかなり失われていますが径12mくらいの円墳で、横穴式石室が開口しています。複室構造ですが、前室はすでに消失しています。後室奥壁の鏡石とその上の石材、および左側壁の中段の石に赤色で同心円紋、靫、船、人物が描かれているそうですが、現状ではほとんど確認できません。

後室のみ残る

後室玄門

奥壁鏡石、中央に同心円紋?

鏡石の上の石材、左に靫、右に船と人物?


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