三重県鳥羽市答志島の古墳


蟹穴古墳

 答志島は鳥羽市の沖合にある離島で、鳥羽の佐田浜桟橋から定期船で約25分で到着します。島には九鬼水軍の遺跡が多く残りますが、古墳も多く存在し、特に蟹穴古墳、岩屋山古墳の2基は見学しやすく整備されています。古墳へは、和具港から県道を北へ進むと潮音寺のところに説明板と標識があり、そこから標識にしたがって山を登っていくと、10分で蟹穴古墳、20分で岩屋山古墳に着きます。蟹穴古墳は墓地の奧にあり、径11mの円墳ですが、墳丘は失われ、横穴式石室の基底部が残っています。玄室長5m、幅2.1mの大きさで、左袖石だけが高く立っています。分岐路近くの墓地に石室材らしき石碑が立っています。ここから出土した重要文化財の台付長頚壷が東京国立博物館に保存されています。

潮音寺前の登り口

蟹穴古墳と岩屋山古墳の分岐路

石室、草茫々状態

石室奧から

岩屋山古墳 【管理人推薦】

 三重県指定文化財。蟹穴古墳から分岐路に戻り、急斜面を10分ほど登ると、岩屋山古墳に着きます。海を望む山頂に築かれた径22m、高さ2.5mの円墳で、横穴式石室がほぼ完存しています。全長8.7m、玄室長5.3m、幅2.3m、高さ2.2m、羨道長3.4m、幅1.1mの両袖式で、側・奥壁は基底に大きめの石を据え、その上に平たい割石をあまり持ち送らずに積み上げています。羨道はかなり埋まっていて、前側は崩壊しています。惜しいことに、奥壁の一部が戦時中に塹壕として使用されたために破壊されています。離島の山の上にこれだけの立派な横穴式石室が築かれ、現在まで保存されているのには驚きます。

墳丘、樹木に覆われて眺めは悪い

石室開口部

羨道

玄室奥壁

玄室玄門部

玄室奥壁の破壊された開口部


<ホームへ戻る>

inserted by FC2 system