徳島県つるぎ町(旧貞光町)・三好市(旧三野町)・東みよし町(旧三加茂町)の古墳


■つるぎ町(旧貞光町)

江ノ脇古墳 【管理人推薦】【町史跡】

 旧貞光町江ノ脇、段の塚穴の対岸にあたります。国道192号線江ノ脇交差点のすぐ南の丘陵先端部にあります。しかし、古墳へ行くには、一旦、東へ800m進み、太田小学校のところで、南へ曲がり、JRを越えて、万福寺から西へ山沿いの道路を登っていった見晴らしの良い場所にあり、周囲は公園化されています。標高88mの丘陵先端に立地する径22mの円墳ですが、墳丘はかなり改変され、裏側には第2次世界大戦中に築かれた対空監視台の跡も残っています。東に開口する横穴式石室は、全長5.77m、玄室長2.17m、幅1.74m、高さ2.24m、羨道長3.05の両袖式で、やや、胴張り、持ち送りがあり、側壁は結晶片岩の割石を丁寧に積み上げ、奥壁は巨大な1枚石、天井は6枚からなっています。出土品から七世紀はじめの築造とみられ、三回以上追葬されたようです。

古墳の現状

羨道、やや傾いている。玄門はかなりの縦長

奥壁

奥から玄門部


寺町古墳石棺

 旧貞光町西浦の町道から発見され、現在は江ノ脇古墳の横に移築されています。1.4×0.32×0.2mの小規模な組合せ式箱式石棺で、側壁は6枚の結晶片岩からなります。古墳後期のものです。


■三好市(旧三野町)

大塚古墳 【市史跡】

 旧三野町芝生、県道12号と262号線の交差点南東の「コメリ」南側にあります。墳丘は薮に覆われて判然としませんが、現状で径10mくらいの円墳です。薮の中に側壁か奥壁と思われる結晶片岩の石材が露出しています。

古墳の現状

露出した石材


桶川古墳石棺

 旧貞光町芝生西上の山林内にあった古墳ですが、現在は阿波式石棺が芝生小学校に移設されています。結晶片岩で造られた組合せ式箱式石棺です。


■東みよし町(旧三加茂町)

丹田古墳 【国史跡】

 旧三加茂町西庄、役場から県道44号線を南へ進み、谷間に入って川を渡ったすぐ右の山道を不動堂をめざして、進みます。やや大きな建物の先の三叉路を右折し、小さな集落を過ぎると、古墳のすぐ前に行き当たります。標高320mの尾根端部に位置する全長37m、後円部径19mの前方後円墳で、結晶片岩の割石を積み上げた積石塚です。主体部は後円部の竪穴式石室で、4.5m×1.3m×1.3mの大きさ、天井は合掌式です。現在、古墳はものすごい薮に覆われ、石室はさっぱり見えず、かろうじて片岩の一部を発見しましたが、石室石材かどうか不明。四世紀頃の築造と思われます。

古墳の現状、完全に薮化

後円部上の結晶片岩

 2012年に、今後の史跡としての有効活用のために、精密な測量調査が行われた結果、墳丘は全長38m、後円部径21m、高さ3.3m、前方部長17m、高さ0.8mの規模で、前方部は細長く、先端で急に幅が広がる古い形態をしていました。また、後円部はやや東西に長い楕円形をしています。

伐採で見やすくなった前方部から後円部

 

後円部から前方部、細長い

竪穴式石室の露出部

石室床面に敷き詰められていた白石

竪穴式石室開口部

竪穴式石室内部、合掌式の屋根


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