大土木工事の全容が明らかに


橿原市五条野町・植山古墳

 2012年12月15日 現地説明会/橿原市教育委員会

  東西石室の前面

 史跡・植山古墳の史跡整備に伴い、墳丘前面と墳丘南の平坦面の調査が行われました。その結果、東西の石室の入口が盛り土によって完全に隠されるように閉塞されていることがわかりました。築造時期の古い西石室は2回閉塞されていました。東西石室の前面には石組みの排水溝があり、東石室では一度作りなおされているようです。南側平坦面では谷間を盛り土で埋めてかなり広い範囲が整地されていました。今回の調査で、植山古墳の築造時に、大規模な土木工事が行われたことが明らかになりました。

東石室の閉塞状況

墳丘南側の平坦面

植山古墳調査の歴史

調査前の西石室、一見普通の石室だった

調査前の西石室奧から

調査直前、伐採された西石室

東石室、この時点では陥没状態であるが、

伐採により、双室墳の可能性が高まった

2000年の第1次調査で出現した西石室と閾石

第1次調査で出現した東石室と家形石棺

2012年の調査で閉塞部が現れた西石室

2012年の調査で閉塞部が現れた東石室

 第1次調査時に発見された西石室の扉の側石。古墳すぐ北の素戔嗚神社本殿前の踏石に転用。左下角の加工が閾石の溝と合致。

 第1次調査時に発見された西石室の扉石。古墳南西400mの八咫烏神社本殿前の踏石に転用、幅が閾石と合致し、回転軸側(左)が丸く加工されている。

 第1次調査時に発見された西石室の扉上部の石材(部位不明)。古墳隣りの春日神社本殿前の石段に転用。

 春日神社石段の側板に使用されている緑泥片岩の板石、これも西石室から持ち出された可能性が高い。


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