福岡県うきは市(旧浮羽町)の古墳


重定古墳 【管理人推薦】【国史跡】【装飾古墳】

 うきは市浮羽町朝田681-1、浮羽歴史民俗資料館の東250mにあります。推定全長70m、後円部径40mの六世紀末の前方後円墳ですが、周囲をかなり削られています。主体部は複室構造の大型横穴式石室で、全長15m、後室長3.6m、幅3.5m、高さ3.5m、奥壁には巨大な石棚があり、前後室とも仕切って屍床を設けています。羨道の途中にも何か仕切のような物があります。装飾は赤・緑色で描かれており、後室奥壁、左右側壁、玄門袖石、前室左右側壁、玄門袖石、羨道左右側壁に同心円紋、靫、鞆、蕨手紋、三角紋などが多数描かれています。石室は保護施設によって閉鎖され、入口からガラス越しに覗き込むだけなので、肉眼ではまったく見えません。浮羽歴史民俗資料館で保護施設の鍵を貸し出しています。

  

墳丘上

石室内部

後室左側壁の装飾(説明写真)

奥壁の装飾(説明写真)


塚花塚古墳 【管理人推薦】【国史跡】【装飾古墳】

 うきは市浮羽町朝田1235-5、重定古墳の東250m、県道106号線沿いにあります。六世紀中頃の径30mの円墳で、主体部は複室構造の大型横穴式石室です。羨道をかなり失っていますが、全長8m以上、後室長3.4m、幅3m、高さ3.9m、前室幅2.8m、高さ2.6m、後室はやや胴張りの平面プラン、側壁には持ち送りがあります。装飾は赤・緑色顔料を用いて、後室奥壁の中央上よりに大型の蕨手紋を描き、その周辺に同心円紋、三角紋、円紋、靫か盾?を描いていますが、現状はほとんど退色しています。また、左側壁には赤と緑で2ヶ所に同心円紋、右側壁には赤で1ヶ所に円紋が描かれています。蕨手紋は他の装飾古墳と比べると模式化されています。石室はここも保護施設によって閉鎖され、入口からガラス越しに覗き込むと奥壁の蕨手紋がかすかにわかる程度です。浮羽歴史民俗資料館で保護施設の鍵を貸し出しています。

 

県道に面した古墳

石室内部

後室奥壁(説明写真)

奥壁の装飾アップ


楠名古墳 【管理人推薦】【国史跡】

 うきは市浮羽町朝田665-3、重定古墳のすぐ南にあります。径32m、高さ6mの七世紀初頭の円墳で、複室構造の大型の横穴式石室が開口しています。全長18m、後室長1.8m、幅2.6m、高さ2m、前室長2.7m、幅4.9m、高さ2.9mの規模で、羨道は途中から狭くなり、仕切が三ヶ所にあります。前室は後室よりも大きく、巨石で構築され、左右に三ヶ所の屍床が仕切られています。後室は前室よりは狭い横長タイプで、構造的に石屋形が独立したものと考えられます。耳納山麓では最後に築かれた古墳で、構造の特異さ、巨大さで異彩を放つ巨石墳です。ここも浮羽歴史民俗資料館で扉の鍵を貸し出しています。

石碑の位置が羨道先端、天井石が落下

長大な羨道

羨道は途中で狭くなる

前室から後室の玄門

前室右側壁と屍床

前室左側壁

後室奥壁

前室奧から


朝田古墳群

 楠名古墳から塚花塚古墳へ向かう途中の畑の中に、横穴式石室が露出していて、石室の中を水路が通っています。そばには地蔵尊が祭られています。また、浮羽歴史民俗資料館の敷地内には、消滅古墳の竪穴式石室が移築されています。詳細は不明。

墳丘上

奥壁をそのまま水路にしている

露出する天井石

歴史民俗資料館の移築石室

石室内部


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