福岡県うきは市(旧吉井町)の古墳


日の岡古墳 【管理人推薦】【装飾古墳】【国史跡】

 うきは市吉井町若宮366-6、若宮八幡宮の東隣りにあります。全長74mの前方後円墳で、周溝が巡ります。後円部にある横穴式石室は玄室長3.8m、幅2m、高さ2mの両袖式で、玄室は奥壁以外は割石を積み上げた胴張り状、装飾古墳の中でも古いタイプです。巨大な天井石が玄室に落下していて、現在天井から石室内を覗き込むようになっています。装飾は奥壁に赤・白・緑色で6個の同心円紋・蕨手紋・連続三角紋など、左右側壁に赤・白・青色で同心円紋・蕨手紋・三角紋・盾・靱・太刀・魚・船・馬・獣などが所狭しと描かれていて、保存状態も良く、一生に一度は見学すべき古墳です。石室は吉井歴史民俗資料館に申し込めば見学できます。また、年2回一般公開されています。

 

玄室玄門方向、玄門の天井石下面にも壁画がある

石室の保存公開施設

玄室奥壁方向、巨大な天井石が落下、石棚の下面にも壁画が描かれている

玄室奥壁の多重同心円紋

玄室右側壁

玄室右側壁の奥壁寄りの装飾

同心円紋、三角紋、盾、蕨手紋など


月の岡古墳 【管理人推薦】

 うきは市吉井町若宮366-6、若宮八幡宮の境内にあります。基壇の全長91m、後円部径54m、前方部幅54mの五世紀中頃の前方後円墳で、前方部には三重の周溝が見つかっています。江戸時代に地元民により発掘され、埋葬施設が破壊されましたが、竪穴式石室であったと思われます。現在長持形石棺がご神体として、墳丘上の社殿内に保管されていて、日の岡古墳同様、吉井歴史民俗資料館に申し込めば見学できます。5.5×2.7mの大型石棺で、一部に赤色顔料が残っています。江戸時代に出土した副葬品は重要文化財に指定され、資料館に展示されています。

 

現在の墳丘

石棺が納められている社殿、礎石は石室の天井石


塚堂古墳

 うきは市吉井町宮田、国道210号線浮羽バイパス沿いにあります。推定全長90m、後円部径64mの五世紀終わり頃の前方後円墳で、二重の周溝が巡っていました。前方部、後円部それぞれに横穴式石室がありますが、後円部は、昭和28年に土取りにより破壊され、崖面や崖下に巨石が露出しています。組合せ式石棺が納められていたようです。前方部石室は未盗掘で、玄室長3.1m、幅1.6m、高さ1.9m、割石を小口積みし、壁面は赤く塗られていました。現在は埋め戻されています。

 

後円部から前方部

破壊され、石材が露出した後円部

露出した後円部石室の一部

前方部石室の奥壁


安富古墳 【管理人推薦】【市史跡】

 うきは市吉井町福益278の安富天満宮境内にあります。径15mの終末期の円墳で、複室構造の横穴式石室が完存しています。全長11m、後室長5m、最大幅4m、高さ4.2mの大型石室で、後室は胴張り状の丸い平面形。側壁を持ち送って高い空間を作り出しています。照明付きなので、見学も楽々です。

石段の脇に開口

石室羨道部

前室から後室の玄門

後室奥壁

後室玄門、奧から

前室の玄門


珍敷塚古墳(屋形古墳群) 【管理人推薦】【装飾古墳】【国史跡】

 うきは市吉井町富永653-2、県道151号線沿いに「珍敷塚古墳保存庫」があります。墳丘は早くに失われ、古墳の存在すら忘れられていましたが、昭和25年に偶然奥壁部分が発見されました。現在、壁画の描かれた奥壁と側壁の一部が密閉式保存庫の中に保存され、管理人さんに申し込めば見学できます。石室は全長7m、幅2.3mの両袖式で、元は複室であったと思われます。装飾は奥壁に赤と青色顔料に加えて、石材の地の色を効果的に使用して、太い横線、靱、蕨手紋、同心円紋(太陽?)、円紋(月?)、ゴンドラ形の船、その舳先に止まった鳥、船を漕ぐ人物、盾を持つ人物、そして有名なヒキガエルなどが石材いっぱいに見事な構成で描かれています。また、左側壁にも同心円紋が2ヶ所に描かれています。周辺には他にも3基の装飾古墳が集まり、屋形古墳群と呼ばれ、まとめて見学できます。(壁画は普段非公開)

珍敷塚古墳の石室覆屋、中に保存施設がある

屋形古墳群の地図


原古墳(屋形古墳群) 【装飾古墳】【国史跡】

 うきは市吉井町富永649-3、珍敷塚古墳の南110mにあります。径18mほどの円墳で、横穴式石室は全長8.9m、玄室長3.8m、幅2.3m、高さ2.3mの両袖式で、玄室はやや胴張り状、羨道には前室的空間があります。装飾は奥壁腰石いっぱいに赤色で上段に靱2、弓を持つ人物、盾?、太刀、鞆、同心円紋、下段に靱、ゴンドラ形の船、船に乗る人物2、馬が描かれています。また、両側壁の奥壁寄り石材にも同心円紋が5ヶ所に計6個描かれています。奥壁材は一度持ち出されたのを戻した物ですが、逆向きに設置され、覆屋で覆って、奧側から壁画が見学できるようになっています。石室前側は塞がれています。屋形古墳群の中では珍敷塚古墳の次に築かれたと考えられます。

 

装飾石材の覆屋

石室正面側、内部は土嚢で塞がれてます


鳥船塚古墳(屋形古墳群) 【装飾古墳】【国史跡】

 うきは市吉井町富永2316-18、原古墳の南135mにあります。墳丘はまったく残って居ません。横穴式石室は全長6m、玄室長3m、幅2.1m、高さ2.1mの両袖式ですが、すでに破壊され、現在は奥壁の石材上下二つだけが覆屋の中に残っています。装飾はその二つの石材に赤色で描かれています。上側には大きな盾、下側には靱2、太刀2、同心円紋、ゴンドラ形の船、舳先と艫に止まった鳥、櫂を操る人物、船の外の人物が描かれています。原古墳の次に築かれたと考えられます。

装飾石材の覆屋


古畑古墳(屋形古墳群) 【装飾古墳】【国史跡】

 うきは市吉井町富永2316-8、鳥船塚古墳の南200mにあります。径20mの円墳で、裾部に列石、テラスには円筒埴輪を巡らせています。横穴式石室は全長6m、後室長3.5m、幅2.3m、高さ3mの複室構造で、後室は胴張り状で持ち送りが大きく天井付近はかなり幅が狭くなっています。前室は羨道を仕切っている程度です。装飾は奥壁腰石に三段4個の同心円紋、手を広げた人物、鞆?、三角紋などが赤色で描かれています。また、左側壁の奧寄り最下段の石にも円紋があります。同心円紋には一部黄色土が使用されている可能性があります。

石室は閉鎖中


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