熊本県山鹿市長岩横穴墓群


長岩横穴墓群 【管理人特選】【県史跡】【装飾古墳】

   横穴墓群への入口

 山鹿市志々岐長岩、志々岐台地の南側、県道16号線に沿った崖面に築かれた横穴墓群で、122基確認されています。県道沿いの民家の間に石碑があり、そこから登っていった石垣の上に著名な108、109号墓があり、そこから東に向かって横穴墓がほぼ水平に続いています。うち、9基に装飾がありましたが、52号墓の浮彫は破壊されました。また、41号墓は、埋もれていて見学困難です。近年、崖の崩落防止工事が行われ、安全に見学できるようになりました。


 46〜48号墓

  右から46〜48号墓、それぞれの間の外壁に浮彫がある

 横穴墓の入口から200mほど東へ進むと、46〜48号墓が並んでいます。この3基の間の外壁に浮彫があります。右端の46号墓の向かって左の外壁に、ゴンドラ風の舟とその中央に立てられたマストか剣のようなものの浮彫が彫られています。残念ながら、舟の右側は破壊されています。

46号墓

左側外壁の舟とマスト?の浮彫

 47号墓と48号墓の間の外壁には両手足を広げた人物像の浮彫があります。岩盤を大きく削った面に彫られており、大きさは60cmくらいです。48号墓は特異な構造をしていて、二重の飾り縁の外側はアーチ形、内側は方形、さらに扉石をはめ込むための溝があります。羨道の右側壁には小さな棚状の掘り込みがあり、築造時のものと考えられています。玄室には3基の屍床がコの時に並び、さらにその奧には石屋形状に掘り込まれた第四の屍床が存在します。群の中でも傑出した横穴墓と言えます。なお、横穴は高い位置にあるため、内部の見学は困難です。

48号墓、左側の壁面に棚状の掘り込みが見える

両手足を広げた人物像、赤い彩色が少し残っている


 52号墓

 48号墓に続いて49〜52号墓が連続して開口しています。このうち、52号墓の右側の外壁にかつて靭、人物、馬の浮彫がありましたが、戦時中に防空壕が掘られたために消滅してしまいました。現在、装飾のあったところに巨大な穴がぽっかりと開いています。

右から46〜52号墓

左が52号墓、浮彫は防空壕で完全に消滅


 49号墓

 49号墓は方形の二重の飾り縁を持つ端正な横穴墓です。飾り縁に線刻彩色で連続三角紋が描かれているということですが、近づけないので、確認できません。

49号墓

飾り縁に連続三角紋があるはずだが・・・


 55、56号墓

 少し離れて並ぶ55、56号墓は入口は小さいですが、ともに玄室内の屍床の仕切に装飾があります。55号墓は玄室の屍床仕切に線刻彩色で連続三角紋が描かれ、浮彫で四角錐台形突起が作られています。また、56号墓にも同様に仕切に線刻で連続三角紋、浮彫で四角錐台形突起が作られています。しかし、ここも遠くから眺めるだけなので、確認するのは難しいです。

右から55、56号墓

55号墓奧屍床の仕切、遠くて装飾は確認できない


 91、92号墓

  右から91、92号墓

 隣り合う91、92号墓はともに方形の入口と飾り縁をもっています。91号墓は向かって右の外壁に浮彫がありますが、紋様が判然とせず、未完成の装飾と思われます。また、玄室内には、コの時に屍床が並び、奥壁と各仕切に連続三角紋が線刻で描かれ、赤い彩色で塗り分けられています。

91号墓向かって右外壁の浮彫、未完成と思われる

玄室奥壁と屍床の仕切に連続三角紋がある

仕切の連続三角紋

 となりの92号墓は大きく立派な飾り縁を持ちますが、残念ながら後世に拡張されているようです。しかし、向かって左の外壁に浮彫がかろうじて残っています。高さ32cmの小さな盾のようです。その上にも浮彫があったと思われますが、完全に剥落しています。

92号墓、向かって左外壁に浮彫がある

下側に盾、上側は剥落


 101号墓

  101号墓の浮彫群

 100号墓から112号墓までは一つのグループを構成していて、うち、101、108、109号墓に装飾があります。101号墓は入口の真上に馬、その上に人物像、馬の右側に盾が浮彫で描かれていますが、後世に浮彫群を横断するように庇用の溝が掘られたため、人物像の下半身、馬の胴以外、盾の上部が失われています。

左が101号墓、右が100号墓

胴しか残っていない馬の浮彫


 108号墓

  中央が108号墓、左が109号墓

 隣接する108号墓と109号墓には見事な浮彫があり、特に108号墓は鍋田27号墓と並んで最も著名な装飾横穴墓です。入口の真上に両手両足を広げ、衣服を着た人物像、その右側にゴンドラ風の舟、左に靭二個が浮彫で描かれ、靭の上に弓が陰刻されています。人物像と右側の靭には赤い彩色が残っており、また右側の靭には線刻でX紋や縁取りが表現されています。残念なことに、ここも後世に庇のための溝が掘られ、浮彫の下側が大きく破壊されてしまっています。また、人物像は信仰上の理由から両胸が抉られていますが、それがむしろ印象的で、漫画にも登場したりします。

108号墓上部の浮彫群、大きな溝が痛々しい

胸を抉られた超有名な人物像

左側の靭と弓

右側の靭、精巧な紋様表現


 109号墓

 109号墓の右の外壁には大きな二つの盾の浮彫があります。位置的には108号墓の浮彫と連続しています。さて、この盾の浮彫ですが、私の知る限り日本の装飾古墳の浮彫としては最も美しい造形だと思います。ともに70cmくらいの大きさで、緩やかなカーブで輪郭を取り、表面を磨いた上から線刻と赤い彩色で縁取りされ、右側の盾には斜線による紋様も描かれています。108号墓の破壊がここまで及んでいるのが大変残念です。また、入口から玄室内部まで、ほぼ全面赤く塗られているのも特別感があります。

真赤に塗られた入口と飾り縁

美しい盾の浮彫だが、破壊の跡が痛々しい

左側の盾、赤い縁取りが良く残っている

右側の盾、斜線の紋様あり


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