鳥取県米子市淀江町の古墳


晩田(晩田山)1号墳

 晩田山古墳群は、前期〜中期は晩田山丘陵先端の洞ノ原西地区に築かれますが、終末期になると山裾に1、2、31号墳が築かれます。1、2号墳は米子市淀江町福岡の米子白鳳高校の北側にあります。2基は隣接していますが、ともに墳丘は失われ、横穴式石室が露出しています。1号墳の石室は玄室長2.5m、幅2.5m、高さ2.1m、玄室はすべて一枚石で構築しています。玄門は失われていますが、おそらく2号墳同様、中央をくり抜かれた石材が存在したと思われます。

石室正面

玄室奥壁

奧から


晩田(晩田山)2号墳

 1号墳のすぐ北にあり、石棺式石室風の横穴式石室が露出しています。全長4.5m、玄室長2.6m、幅2.3m、高さ2m、真赤に塗られた玄室はすべて一枚石で構成し、玄門と東側壁は切石を使用しています。玄門は巨石の中央をくり抜き、入口には扉をはめるための溝が加工されています。天井石が割れて羨道に落下していますが、「古墳のお部屋」の画像(1989年)では落下していないので、ここ20年のうちに落ちたようです。

石室正面

玄門

玄室奥壁

玄門、奧から


晩田(晩田山)31号墳 【装飾古墳】

 

 米子白鳳高校の南側の県道370号線を東へ登っていくと、左側に擁壁が突き出た場所があり、その上に保存されています。一辺18mの方墳で、周囲に列石を巡らせています。墳丘中央は大きく凹んでいて、破壊された横穴式石室が露出しています。石材がかなり抜かれていますが、切石で築かれた石棺式石室風の石室で、玄室は推定2.5×2mの大きさ。玄門は下側だけが残っていますが、巨石の中央をくり抜き、扉石をはめ込む溝が加工されています。玄室床面には厚い床石が敷かれていました。発掘調査で見つかった扉石は舟形の浮彫が施されていて、現在は上淀白鳳の丘展示館に展示されています。

石室正面

玄門

石室奧から

扉石


石馬谷古墳(小枝山5号墳) 【国史跡】

 淀江町福岡、上淀白鳳の丘展示館南の丘陵上にあります。全長61.2m、後円部径34.5m、二段築成の前方後円墳で、未調査のため埋葬施設は不明ですが、見つかった埴輪片から六世紀中頃の築造と推定されています。本州では唯一(全国でも二体のみ)の石馬【重要文化財】が立てられていたとされています。体長150cm、高さ90cmの大きさで大山山麓の安山岩製。一部に赤色顔料が残っています。現在は近くの天神垣神社の収蔵庫に保存されていて、時々、上淀白鳳の丘展示館で展示されます。

 


天神垣神社古墳(小枝山3号墳) 【装飾古墳】

  羨道右側壁の線刻による平行線

 石馬谷古墳の麓の道を奧に進むと、右手に天神垣神社があり、石段を上った右側の林の中にあります。墳丘は破壊され、切石造りの石棺式石室の残骸が露出しています。玄室はすべて失われ、玄門と羨道の一部のみが残っています。玄門は巨石の中央をくり抜き、羨道右側壁は表面を平滑に磨いて、線刻で平行線が描かれています。きちんと残っていれば、かなり整美な石室であったと思われますが残念。

玄門の玄室側

線刻のある羨道右側壁

玄門正面側


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