滋賀県東近江市(旧八日市市北部)の古墳


大塚庵古墳 【管理人推薦】

 東近江市(旧八日市市)建部下野町の県道52号線沿いにあり、半鐘の梯子が立っているので、すぐにわかります。旧五個荘町の山の神古墳の東500mです。現状で径15mほどの円墳ですが、本来は20mくらいと思われます。横穴式石室が開口していますが、羨道は失われています。玄室長4.6m、幅1.6m、高さ1.6mと説明板に書かれていますが、高さはどう見ても1.8mくらいはありそうです。

埴輪の置物や半鐘があり、にぎやかな墳丘

石室開口部

玄室奥壁

奧から

建部大塚古墳

 東近江市(旧八日市市)建部下野町、大塚庵古墳の南50mにあります。墳丘は周囲を削られ、現状で径10mほどです。横穴式石室が開口していますが、羨道は失われ、入口には巨大な天井石が落下しています。現存長5.7m、幅2.3m、高さ2m以上の規模ですが、古墳全体が薮で覆われ、その根が石室内にも繁茂しているので、内部はよくわかりませんが、大塚庵古墳とほぼ同規模と思われます。

周囲を削られた墳丘

石室開口部、巨大な天井石が落下している

玄室

玄室内部、薮でさっぱりわからず

上日吉古墳群

 大塚庵古墳の南500m、建部日吉町公民館前の広場に上日吉1号墳があります。墳丘はまったくなく、横穴式石室が完全に露出しています。現存長5mほどです。建部北町の圃場整備で発見された上日吉遺跡2号墳は一辺10mほどの方墳で、終末期の横穴式石室の基底部が残されていました。2008年に、東近江市埋蔵文化財センターの前に、石室のみ移築復元されました。玄室長2.8m、幅1m、羨道長2mの無袖式で、敷石があり、玄室と羨道は閾石で仕切られています。

1号墳石室正面

1号墳石室横から

移築された遺跡2号墳石室

遺跡2号墳石室奧から

北山古墳(瓦屋寺山42号墳) 【管理人推薦】

 東近江市(旧八日市市)建部瓦屋寺町、山麓の自動車車検場のすぐ南にあります。背後の瓦屋寺山一帯に分布する瓦屋寺山古墳群のB支群42号墳にあたります。墳丘は不明瞭ですが、大型の横穴式石室が、完存しています。全長9.5m、玄室長4.1m、幅2.2m、高さ3m、羨道長5.4m、幅1.4m、高さ1.8mの両袖式で、巨石を使用しています。石室入口前の墓道が屈曲しているので、前側からは石室内が見通せません。発掘調査では、排水溝が確認されています。

石室開口部、入口は屈曲しています

長大な羨道、奧が見えません

玄室奥壁

奧から、堂々たる玄門

瓦屋寺山41号墳

 東近江市(旧八日市市)建部瓦屋寺町、北山古墳の西50mにあります。墳丘はかなり流失していて、横穴式石室が崖っぷちに開口しています。羨道の前側が破壊され、かなり埋まっていて狭いのですが、玄室は良く残っています。玄室長4m、幅1.6m、高さ2m以上の右片袖式で、奥壁の石材の並べ方が印象的です。羨道が1mくらい埋まっていることを考えると、玄室も本来は高さ3mくらいありそうです。

石室開口部

羨道、かなり埋まっている

玄室奥壁

奧から

瓦屋寺山27、28、30号墳

 東近江市(旧八日市市)建部瓦屋寺町、北山古墳の南200mに瓦屋寺へと登っていく石段の参道があり、その南側の集落民家裏の竹林の中にあります。北端にある30号墳は、群中最大の円墳で、横穴式石室が露出しています。羨道、奥壁側ともに崩壊していますが、玄室側壁部は残されています。南となりにある27号墳は、小型で持ち送りのある石室が残っているはずですが、入口が倒木で閉ざされていて、見学できません。さらに南に28号墳があり、石室が一部露出しています。

30号墳羨道側

30号墳奧から、両袖式

27号墳

28号墳

瓦屋寺山37(39?)号墳

 瓦屋寺の石段の参道を登っていくと、途中両側の林の中に多数の古墳が群集しています。主体部としては横穴式石室と竪穴式石室の二種類の古墳が混在しています。しかし、地形がかなり変形されている上に、倒木などで荒れていて、現状で明確に古墳と確認できるものは少ないです。麓近くの参道東側の南斜面に37号墳の石室が開口しています。八日市市史では、石室の写真が39号墳と説明されていますが地図の位置的には37号墳のような気がします。羨道は破壊されていますが、玄室は完存。小型の石材を持ち送った古いタイプの右片袖式です。

石室が参道から見えています

石室開口部

玄室奥壁

奧から、右片袖式


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