京都府城陽市南部の古墳


黒土古墳群

 城陽市中黒土の中天満神社境内に1号墳、背後の林の中に2〜10号墳があります。1号墳は市史跡に指定されている1999年に調査された径26mの円墳で、主体部は大型の横穴式石室です。全長9.7m、玄室長4.9m、幅2.47m、高さ3.8m、羨道長4.5m、幅1.3mの両袖式で、玄室はやや胴張り状で高さがかなりあり、珪石、ホルンフェルス、花崗岩を使用しています。土器、馬具、鉄鏃のほか、石棺片と見られる凝灰岩の破片が見つかっています。天井石は明治時代に外されたようです。六世紀後半の中頃の築造と見られます。他の古墳は、状態が良くなく、内容も不明です。

1号墳

1号墳石室実測図

1号墳横穴式石室(調査時の姿)

1号墳石室天井石


茶臼塚古墳

 城陽市と井手町の境界線上にあり、2012年の開発に伴う調査で、大型の横穴式石室が発見されました。上半分と玄室石材の多くを失っていますが、全長12m、玄室長4.5m、幅2m、羨道長7.1m、幅1.5mの両袖式で、石材は花崗岩やホルンフェルスの巨石を余り加工せずに使用しています。床には礫が敷かれていて、排水溝の痕跡もありました。墳丘は後世にかなり改変されていますが、径20mくらいの円墳と思われます。出土した須恵器の破片から六世紀終わり頃の築造で、六世紀中頃の巨石墳である、黒土1号墳に続いて築かれた首長墓です。石室は移築保存される予定です。

全長12mの大型石室

石室正面

玄室奧から、かなり石を抜かれている

玄室から羨道、袖部はほとんどない


寺田石棺仏(歯痛地蔵)

 城陽市寺田、近鉄寺田駅の北東100m、京都信用金庫北側の路地を入ったところにあります。京都府唯一の石棺仏で、1.7m×1mの石棺の底石に釈迦如来座像を浮彫していて、両端部には溝も残っています。鎌倉時代頃の作風で、以前は用水路の橋に使用されていたため、橋板地蔵と呼ばれていたのが、いつのまにか歯痛地蔵に変化し、現在も信仰されています。地蔵と呼ばれていますが、内容は釈迦如来です。


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